陸上競技だけでなく、オシャレも大学生活も楽しむ笑顔のスプリンター
陸上競技とは「家族ぐるみ」の付き合い
青山華依選手(はなえ、大阪府出身)は甲南大学2年生で、特に2021年に入ってから大きな成長の様子を見せています。大阪高校卒業直前の21年3月には、女子100m走で11秒56をマークし自己ベストを更新。7月に行なわれた世界最高峰の大会では、リレーの代表選手として第1走者を務め、日本記録まであと0.05秒の好記録をマークしました。22年に入っても、3月の室内陸上日本選手権の60m、4月の日本学生個人選手権と5月の東京選手権の100mで優勝と、絶好調です。
青山選手は、高校時代にリレーでインターハイ優勝に輝いた父と、走り高跳びの選手だった母のもと、スポーツに親しんできました。小さい頃は母と一緒に通ったクラシックバレエや、新体操にも取り組んでいました。
バレエは小学校低学年で辞めてしまったそうですが、興味を引かれたのが陸上競技でした。小学5年生になった年、父に誘われて一緒に体験入部したクラブチームで練習しているうちに、自然と陸上競技を楽しむようになったそうです。
陸上競技とは、父がコーチもしてくれて、食卓でも話が出る「家族ぐるみ」の付き合いで、「一緒に練習してくれることもあったので、飽きなかったのだと思います」と青山選手は振り返ります。中学時代には、「これまで内緒にしていたのですが、『歯医者に行きます』と言って休んだりもしていました(笑)」と、ずる休みしてしまうこともあったそうですが、卒業後も強豪の大阪高校で競技を続け、順調に力を伸ばしてきました。高校2年生だった19年6月には、日本選手権100mで3位入賞。10月には、国体の女子少年A100m走で見事優勝を果たしています。
ライバルも友だちであり、仲間
トップアスリートである青山選手ですが、陸上競技に引かれる理由は、個人競技であることを考えると少し独特かもしれません。
「みんなと一緒に戦えることが、陸上競技の一番の楽しさなんです。ライバルも友だちなので、レースでゴールした後に『お疲れさま』って言い合うのも楽しいです。大人数でいるのが好きで、高校の陸上部もそういうワイワイとした『楽しい系』でした。走った後で、ああだったね、こうだったねと皆で言い合うのが楽しみでした」
ともに走る選手たちは、ライバルであり仲間だといいます(左が青山選手)
もしかしたら、これまでの生活が、その理由の一つかもしれません。生まれ育った大阪を、青山さんは「小さな頃からずっと暮らしていますが、ワイワイしている街ですね。『大阪のおばちゃん』って、いるじゃないですか。知らない人にでも普通に話しかけて、すごく親切。それがメッチャ良いと思います」と語ります。「生活の一部」という陸上競技も、大阪の空気も、現在の青山選手を育んでくれたものでした。
明治安田生命の「地元アスリート応援プログラム」に応募したのも、自然な流れでした。地元大阪の陸上競技連盟からこのプログラムを教えてもらうと、「大阪陸連の方にもお世話になっていたこともあり、私も大阪を盛り上げたいと思いました」と応募を決めました。
高校時代の監督とコーチは、どこへ遠征するにも同行してサポートしてくれて、チームメイトもいつも大きな声援で背中を押してくれたそうです。そうした仲間や、朝練に向かう青山選手のために5時に起きてお弁当をつくってくれた母、遠方の大会にも応援に来てくれた父。みんな、大事な「地元・大阪」の一部です。
支援金は大会の遠征費や、日々の活動費などに充てたいと考えています。支援を受けることで、もっとたくさんの人たちと交流したい、という思いもあります。「今はちょっと難しかったりもしますが、いろんなイベントにも積極的に参加したいです」と意欲を語ります。
自己ベストを更新するまでの苦しみ
陸上競技に臨むのも「楽しんでこそ」と笑顔で話す青山選手ですが、チームメイトには「大会になると別人になる」と言われるそうです。
「性格はものすごくマイペースなんですが、レースに臨むとスイッチが入って真剣モードになります。その緊張感が楽しくて」
高校に入っても自己ベストの更新を続けていた青山選手ですが、20年は中学時代のように気持ちが抜ける時期もあったそうです。楽しい陸上競技、そして大会が、新型コロナウイルス感染拡大の影響で日常から消えてしまったからです。
青山選手は身長167cm。長い手足を生かしたダイナミックな走りが魅力です
「コロナ禍での自粛明けで、練習をちゃんとしていなかったことも影響したと思います。でも、やる気がどうしても起きなくて。とにかくできなかったんです。友だちとも自主練習したのですが、大会がどんどんなくなっていって、練習をする意味がわからなくなっちゃって……。ちょっと、サボってしまいました」
それでも、徐々に楽天的な性格が前を向かせてくれました。冬期練習では、最初に500m走をしてからトレーニングに入るなど、大きな負荷をかけてベースアップに励んだそうです。大きなストライドを活かした爆発的なスタートが青山選手の武器ですが、これまで課題だった後半のスピード低下も克服。その成果が、21年3月の自己ベスト更新につながったと考えています。
大学4年間で新しい世界の扉を開く
高校卒業後も陸上競技を続けようと考えたのは、もちろんこのスポーツが好きだからです。さらに、新しく視界に入ってきたものがあります。
「日本選手権と全日本インカレでの優勝をめざしています。大学での4年間で、大学記録、日本記録の更新もめざしていきたいです」と大学進学前に語っていた青山選手。
甲南大学では、元男子100m走の日本記録保持者である伊東浩司さんも指導にあたっています。大学での指導は高校とはまったく違うものだそうです。
大学の仲間と。この4年間で大きく成長したいと考えています(左が青山選手)
「大学では、全部自分で決めないといけません。高校では『これはどうしたらいいですか』と先生に尋ねると、『こうしたらいいんじゃないかな』と全部教えてくれたのですが、今は『自分はどう考えるのか』と言われます。私から『分かりません』と言うことはなく、全部自分で考えて答えを出さなければいけないんです」
2021年には世界最高峰の大会にも出場した青山選手。新たな目標も生まれました。
「世界大会では、海外の選手がレース直前の緊張しているなかでも、おしゃべりするなどリラックスしていて、お祭りみたいな雰囲気でした。だから、次の大会でももう一度あの雰囲気を楽しみたい。大学生のうちに2回出たいですね」
青山選手のトレードマークは笑顔。練習時やレース前にも笑顔は欠かせません。そしてめざしているのが、かっこいいアスリートです。
「走りもそうですけど、髪色とかネイルとか、そういう細かいところもみていただいて、こだわっているんだなと思ってほしい。走りだけでなく、オシャレも、大学生活も楽しんでいるところを見てほしいですね」
チームや競技場で周りを笑顔にする青山選手。何事も楽しみたいと言うこのスタイルに憧れて、陸上競技を始める子どもたちも今後出てくるかもしれません。
(取材・制作:4years.編集部)
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陸上競技だけでなく、オシャレも大学生活も楽しむ笑顔のスプリンター 陸上競技とは「家族ぐるみ」の付き合い 青山華依選手(はなえ、大阪府出身)は甲南大学2年生で、特に2021年に入ってから大きな成長の様子を見せています。大阪高校卒業直前の21年3月には、女子100m走で11秒56をマークし自己ベストを更新。7月に行なわれた世界最高峰の大会では、リレーの代表選手として第1走者を務め、日本記録まであと0.05秒の好記録をマークしました。22年に入っても、3月の室内陸上日本選手権の60m、4月の日本学生個人選手権と5月の東京選手権の100mで優勝と、絶好調です。 青山選手は、高校時代にリレーでインターハイ優勝に輝いた父と、走り高跳びの選手だった母のもと、スポーツに親しんできました。小さい頃は母と一緒に通ったクラシックバレエや、新体操にも取り組んでいました。 バレエは小学校低学年で辞めてしまったそうですが、興味を引かれたのが陸上競技でした。小学5年生になった年、父に誘われて一緒に体験入部したクラブチームで練習しているうちに、自然と陸上競技を楽しむようになったそうです。 陸上競技とは、父がコーチもしてくれて、食卓でも話が出る「家族ぐるみ」の付き合いで、「一緒に練習してくれることもあったので、飽きなかったのだと思います」と青山選手は振り返ります。中学時代には、「これまで内緒にしていたのですが、『歯医者に行きます』と言って休んだりもしていました(笑)」と、ずる休みしてしまうこともあったそうですが、卒業後も強豪の大阪高校で競技を続け、順調に力を伸ばしてきました。高校2年生だった19年6月には、日本選手権100mで3位入賞。10月には、国体の女子少年A100m走で見事優勝を果たしています。 ライバルも友だちであり、仲間 トップアスリートである青山選手ですが、陸上競技に引かれる理由は、個人競技であることを考えると少し独特かもしれません。 「みんなと一緒に戦えることが、陸上競技の一番の楽しさなんです。ライバルも友だちなので、レースでゴールした後に『お疲れさま』って言い合うのも楽しいです。大人数でいるのが好きで、高校の陸上部もそういうワイワイとした『楽しい系』でした。走った後で、ああだったね、こうだったねと皆で言い合うのが楽しみでした」 ともに走る選手たちは、ライバルであり仲間だといいます(左が青山選手) もしかしたら、これまでの生活が、その理由の一つかもしれません。生まれ育った大阪を、青山さんは「小さな頃からずっと暮らしていますが、ワイワイしている街ですね。『大阪のおばちゃん』って、いるじゃないですか。知らない人にでも普通に話しかけて、すごく親切。それがメッチャ良いと思います」と語ります。「生活の一部」という陸上競技も、大阪の空気も、現在の青山選手を育んでくれたものでした。 明治安田生命の「地元アスリート応援プログラム」に応募したのも、自然な流れでした。地元大阪の陸上競技連盟からこのプログラムを教えてもらうと、「大阪陸連の方にもお世話になっていたこともあり、私も大阪を盛り上げたいと思いました」と応募を決めました。 高校時代の監督とコーチは、どこへ遠征するにも同行してサポートしてくれて、チームメイトもいつも大きな声援で背中を押してくれたそうです。そうした仲間や、朝練に向かう青山選手のために5時に起きてお弁当をつくってくれた母、遠方の大会にも応援に来てくれた父。みんな、大事な「地元・大阪」の一部です。 支援金は大会の遠征費や、日々の活動費などに充てたいと考えています。支援を受けることで、もっとたくさんの人たちと交流したい、という思いもあります。「今はちょっと難しかったりもしますが、いろんなイベントにも積極的に参加したいです」と意欲を語ります。 自己ベストを更新するまでの苦しみ 陸上競技に臨むのも「楽しんでこそ」と笑顔で話す青山選手ですが、チームメイトには「大会になると別人になる」と言われるそうです。 「性格はものすごくマイペースなんですが、レースに臨むとスイッチが入って真剣モードになります。その緊張感が楽しくて」 高校に入っても自己ベストの更新を続けていた青山選手ですが、20年は中学時代のように気持ちが抜ける時期もあったそうです。楽しい陸上競技、そして大会が、新型コロナウイルス感染拡大の影響で日常から消えてしまったからです。 青山選手は身長167cm。長い手足を生かしたダイナミックな走りが魅力です 「コロナ禍での自粛明けで、練習をちゃんとしていなかったことも影響したと思います。でも、やる気がどうしても起きなくて。とにかくできなかったんです。友だちとも自主練習したのですが、大会がどんどんなくなっていって、練習をする意味がわからなくなっちゃって……。ちょっと、サボってしまいました」 それでも、徐々に楽天的な性格が前を向かせてくれました。冬期練習では、最初に500m走をしてからトレーニングに入るなど、大きな負荷をかけてベースアップに励んだそうです。大きなストライドを活かした爆発的なスタートが青山選手の武器ですが、これまで課題だった後半のスピード低下も克服。その成果が、21年3月の自己ベスト更新につながったと考えています。 大学4年間で新しい世界の扉を開く 高校卒業後も陸上競技を続けようと考えたのは、もちろんこのスポーツが好きだからです。さらに、新しく視界に入ってきたものがあります。 「日本選手権と全日本インカレでの優勝をめざしています。大学での4年間で、大学記録、日本記録の更新もめざしていきたいです」と大学進学前に語っていた青山選手。 甲南大学では、元男子100m走の日本記録保持者である伊東浩司さんも指導にあたっています。大学での指導は高校とはまったく違うものだそうです。 大学の仲間と。この4年間で大きく成長したいと考えています(左が青山選手) 「大学では、全部自分で決めないといけません。高校では『これはどうしたらいいですか』と先生に尋ねると、『こうしたらいいんじゃないかな』と全部教えてくれたのですが、今は『自分はどう考えるのか』と言われます。私から『分かりません』と言うことはなく、全部自分で考えて答えを出さなければいけないんです」 2021年には世界最高峰の大会にも出場した青山選手。新たな目標も生まれました。 「世界大会では、海外の選手がレース直前の緊張しているなかでも、おしゃべりするなどリラックスしていて、お祭りみたいな雰囲気でした。だから、次の大会でももう一度あの雰囲気を楽しみたい。大学生のうちに2回出たいですね」 青山選手のトレードマークは笑顔。練習時やレース前にも笑顔は欠かせません。そしてめざしているのが、かっこいいアスリートです。 「走りもそうですけど、髪色とかネイルとか、そういう細かいところもみていただいて、こだわっているんだなと思ってほしい。走りだけでなく、オシャレも、大学生活も楽しんでいるところを見てほしいですね」 チームや競技場で周りを笑顔にする青山選手。何事も楽しみたいと言うこのスタイルに憧れて、陸上競技を始める子どもたちも今後出てくるかもしれません。 (取材・制作:4years.編集部)
陸上競技だけでなく、オシャレも大学生活も楽しむ笑顔のスプリンター
陸上競技とは「家族ぐるみ」の付き合い
青山華依選手(はなえ、大阪府出身)は甲南大学2年生で、特に2021年に入ってから大きな成長の様子を見せています。大阪高校卒業直前の21年3月には、女子100m走で11秒56をマークし自己ベストを更新。7月に行なわれた世界最高峰の大会では、リレーの代表選手として第1走者を務め、日本記録まであと0.05秒の好記録をマークしました。22年に入っても、3月の室内陸上日本選手権の60m、4月の日本学生個人選手権と5月の東京選手権の100mで優勝と、絶好調です。
青山選手は、高校時代にリレーでインターハイ優勝に輝いた父と、走り高跳びの選手だった母のもと、スポーツに親しんできました。小さい頃は母と一緒に通ったクラシックバレエや、新体操にも取り組んでいました。
バレエは小学校低学年で辞めてしまったそうですが、興味を引かれたのが陸上競技でした。小学5年生になった年、父に誘われて一緒に体験入部したクラブチームで練習しているうちに、自然と陸上競技を楽しむようになったそうです。
陸上競技とは、父がコーチもしてくれて、食卓でも話が出る「家族ぐるみ」の付き合いで、「一緒に練習してくれることもあったので、飽きなかったのだと思います」と青山選手は振り返ります。中学時代には、「これまで内緒にしていたのですが、『歯医者に行きます』と言って休んだりもしていました(笑)」と、ずる休みしてしまうこともあったそうですが、卒業後も強豪の大阪高校で競技を続け、順調に力を伸ばしてきました。高校2年生だった19年6月には、日本選手権100mで3位入賞。10月には、国体の女子少年A100m走で見事優勝を果たしています。
ライバルも友だちであり、仲間
トップアスリートである青山選手ですが、陸上競技に引かれる理由は、個人競技であることを考えると少し独特かもしれません。
「みんなと一緒に戦えることが、陸上競技の一番の楽しさなんです。ライバルも友だちなので、レースでゴールした後に『お疲れさま』って言い合うのも楽しいです。大人数でいるのが好きで、高校の陸上部もそういうワイワイとした『楽しい系』でした。走った後で、ああだったね、こうだったねと皆で言い合うのが楽しみでした」
ともに走る選手たちは、ライバルであり仲間だといいます(左が青山選手)
もしかしたら、これまでの生活が、その理由の一つかもしれません。生まれ育った大阪を、青山さんは「小さな頃からずっと暮らしていますが、ワイワイしている街ですね。『大阪のおばちゃん』って、いるじゃないですか。知らない人にでも普通に話しかけて、すごく親切。それがメッチャ良いと思います」と語ります。「生活の一部」という陸上競技も、大阪の空気も、現在の青山選手を育んでくれたものでした。
明治安田生命の「地元アスリート応援プログラム」に応募したのも、自然な流れでした。地元大阪の陸上競技連盟からこのプログラムを教えてもらうと、「大阪陸連の方にもお世話になっていたこともあり、私も大阪を盛り上げたいと思いました」と応募を決めました。
高校時代の監督とコーチは、どこへ遠征するにも同行してサポートしてくれて、チームメイトもいつも大きな声援で背中を押してくれたそうです。そうした仲間や、朝練に向かう青山選手のために5時に起きてお弁当をつくってくれた母、遠方の大会にも応援に来てくれた父。みんな、大事な「地元・大阪」の一部です。
支援金は大会の遠征費や、日々の活動費などに充てたいと考えています。支援を受けることで、もっとたくさんの人たちと交流したい、という思いもあります。「今はちょっと難しかったりもしますが、いろんなイベントにも積極的に参加したいです」と意欲を語ります。
自己ベストを更新するまでの苦しみ
陸上競技に臨むのも「楽しんでこそ」と笑顔で話す青山選手ですが、チームメイトには「大会になると別人になる」と言われるそうです。
「性格はものすごくマイペースなんですが、レースに臨むとスイッチが入って真剣モードになります。その緊張感が楽しくて」
高校に入っても自己ベストの更新を続けていた青山選手ですが、20年は中学時代のように気持ちが抜ける時期もあったそうです。楽しい陸上競技、そして大会が、新型コロナウイルス感染拡大の影響で日常から消えてしまったからです。
青山選手は身長167cm。長い手足を生かしたダイナミックな走りが魅力です
「コロナ禍での自粛明けで、練習をちゃんとしていなかったことも影響したと思います。でも、やる気がどうしても起きなくて。とにかくできなかったんです。友だちとも自主練習したのですが、大会がどんどんなくなっていって、練習をする意味がわからなくなっちゃって……。ちょっと、サボってしまいました」
それでも、徐々に楽天的な性格が前を向かせてくれました。冬期練習では、最初に500m走をしてからトレーニングに入るなど、大きな負荷をかけてベースアップに励んだそうです。大きなストライドを活かした爆発的なスタートが青山選手の武器ですが、これまで課題だった後半のスピード低下も克服。その成果が、21年3月の自己ベスト更新につながったと考えています。
大学4年間で新しい世界の扉を開く
高校卒業後も陸上競技を続けようと考えたのは、もちろんこのスポーツが好きだからです。さらに、新しく視界に入ってきたものがあります。
「日本選手権と全日本インカレでの優勝をめざしています。大学での4年間で、大学記録、日本記録の更新もめざしていきたいです」と大学進学前に語っていた青山選手。
甲南大学では、元男子100m走の日本記録保持者である伊東浩司さんも指導にあたっています。大学での指導は高校とはまったく違うものだそうです。
大学の仲間と。この4年間で大きく成長したいと考えています(左が青山選手)
「大学では、全部自分で決めないといけません。高校では『これはどうしたらいいですか』と先生に尋ねると、『こうしたらいいんじゃないかな』と全部教えてくれたのですが、今は『自分はどう考えるのか』と言われます。私から『分かりません』と言うことはなく、全部自分で考えて答えを出さなければいけないんです」
2021年には世界最高峰の大会にも出場した青山選手。新たな目標も生まれました。
「世界大会では、海外の選手がレース直前の緊張しているなかでも、おしゃべりするなどリラックスしていて、お祭りみたいな雰囲気でした。だから、次の大会でももう一度あの雰囲気を楽しみたい。大学生のうちに2回出たいですね」
青山選手のトレードマークは笑顔。練習時やレース前にも笑顔は欠かせません。そしてめざしているのが、かっこいいアスリートです。
「走りもそうですけど、髪色とかネイルとか、そういう細かいところもみていただいて、こだわっているんだなと思ってほしい。走りだけでなく、オシャレも、大学生活も楽しんでいるところを見てほしいですね」
チームや競技場で周りを笑顔にする青山選手。何事も楽しみたいと言うこのスタイルに憧れて、陸上競技を始める子どもたちも今後出てくるかもしれません。
(取材・制作:4years.編集部)
支援期間終了
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最新のプロジェクト情報をお届けします。
支援者
31人
残り期間
0日
集まっている金額
419,000円
目標金額:500,000円
達成率83%
2023年02月28日23:59に終了しました。
支援期間終了
起案者
青山華依(明治安田生命・地元アスリート応援プログラム2022)
当制度を通じて、出身地や活動拠点地域など、サポートを受ける「地元」に対して貢献したいというアスリートの活動を支援します。
1,000円
お礼のメール
リターン
感謝の気持ちを込めて、お礼のメールをお送りします。
支援者の数 5人
支援期間終了
5,000円
お礼のお手紙+YELLS(支援アスリートの当該ブロック)
リターン
感謝の気持ちを込めて、お礼のお手紙、YELLS(支援アスリートの当該ブロック)をお送りします。
※「YELLS」は、地元アスリート応援プログラムに参加するアスリートに関する情報を、全国6ブロックごとにまとめた小冊子です。
支援者の数 3人
お届け予定:2023年4月
支援期間終了
10,000円
サイン色紙+お礼のお手紙+YELLS(支援アスリートの当該ブロック)
リターン
感謝の気持ちを込めて、選手直筆のサイン色紙とお礼のお手紙、YELLS(支援アスリートの当該ブロック)をお送りします。
※「YELLS」は、地元アスリート応援プログラムに参加するアスリートに関する情報を、全国6ブロックごとにまとめた小冊子です。
支援者の数 16人
お届け予定:2023年4月
支援期間終了
20,000円
サイン色紙+お礼のお手紙+オリジナルステッカー+YELLS(全ブロック)
リターン
感謝の気持ちを込めて、選手直筆のサイン色紙とお礼のお手紙、プロジェクトのオリジナルステッカー、YELLS(全ブロック)をお送りします。
※「YELLS」は、地元アスリート応援プログラムに参加するアスリートに関する情報を、全国6ブロックごとにまとめた小冊子です。
支援者の数 7人
お届け予定:2023年4月
支援期間終了