被災地に勇気を! 絆あふれる福島・北塩原村からの挑戦
トレーニング兼ね、実家から往復36kmの自転車通勤
西沢岳人(たけと、福島県出身)選手は2021年の全日本スキー選手権フリースタイルモーグルで3位、2022年は同大会で準優勝と国内トップ選手としての歩みを着実に進めています。この春に早稲田大学を卒業し、ホームゲレンデでもあり〝モーグルの聖地〟とも呼ばれる「リステルスキーファンタジア」を併設するホテルリステル猪苗代に入社。実家である北塩原村の「ペンション楓」から往復36kmの山道を「自然豊かな景色がきれいなので、ランもバイクも飽きないです」とトレーニングを兼ねて自転車通勤するなど、世界へ挑む準備を着々と整えています。
「リステルスキーファンタジア」はグリーンシーズンのエア(ジャンプ)の練習台であるウォータージャンプの施設も完備。空中で体を傾けた状態で2回転する「コーク720」に、スキー板の後方をつかむ「テールグラブ」を組み合わせた世界的にも珍しいトリックは西沢選手の代名詞ですが、その高さや精度をウィンターシーズン前に突き詰めることができるのも大きな強みになっています。
父の影響で2歳からはじめたスキー
日体大の基礎スキー部だった父・優(まさる)さんの影響で2歳の時にスキーをはじめ、モーグルに出合ったのは6歳でした。
幼稚園の時の西沢選手。スキーは父の影響で始めました
「スキー場にはスキーが上手なお兄さんがいてくれて、みんな僕を『タケちゃん』と呼んで可愛がってくれました。そのお兄さんたちと一緒にコブを滑ったり、小さなジャンプ台でちょっと飛んだりするくらいのことなんですけれど、すごい楽しくて。そこから毎日、母におにぎりを作ってもらって滑りに行くようになりました」
そのお兄さんの一人が、現在の日本代表の遠藤尚コーチでした。遠藤コーチの指導もあり、西沢少年は徐々にコブを滑るスピードが速くなり、エアも高さが増していきます。
自身の成長について、西沢選手は「まだまだ足りないところ、弱いところがたくさんある」と話しますが、「誰にも負けないのはスキーやモーグルが好きという気持ち。モーグルが嫌いになったことは一度もありません」と言い切ります。腰椎(ようつい)の一部を損傷するようなケガに遭った時もありましたが、初雪が降るあたりから「毎年、ああ、やっと冬が来るってワクワクするんです」と笑顔を見せます。
そのモーグル愛を胸に、今季はまずワールドカップに出場する日本代表メンバーに選ばれ、そこで結果を残して世界選手権に出場することが目標になります。
「いつか地元に還元したい」
世界と互角以上に戦えるモーグラーに成長するためには、ゲレンデやコースを問わず、安定したパフォーマンスを続ける必要があります。そのためには標高や斜度、雪質やコブの特質といったあらゆるコンディションでの経験が欠かせません。
早稲田大学時代の西沢選手(右)。故郷を離れて地元の良さを改めて感じました
西沢選手は2021シーズン、スイス・ツェルマットやスウェーデン・イドレでの欧州合宿を敢行しました。新型コロナウイルスの影響で隔離や感染リスクなどを考えると、一時帰国をせずに欧州に滞在したまま強化を重ねる選択肢が現実的です。するとどうしても遠征は長期化し滞在費が膨らんでしまいます。
この明治安田生命の「地元アスリート応援プログラム」を知ったきっかけについて、西沢選手は「人とのつながりを感じた」と語ります。父・優さんの高校の同級生、母・佐知子さんの友人が、この制度を勧めてくれて応募を決めました。早稲田大学に通うため故郷を離れた4年間は地元の良さや自然の美しさを改めて感じる期間でもあり、「いつか地元に還元できるといいな」という漠然とした思いが輪郭を持った時でもありました。集まった資金は主に渡航費、滞在費に充てる予定です。
人口3000人に満たない故郷の村を起点に
磐梯山の西側に位置する北塩原村は、清流と緑の山林に囲まれた自然豊かなロケーションですが、人口は3000人弱の自治体です。だからこそ「村民同士の絆が強い」と西沢選手は誇っています。
「小さな村なんですが、僕の競技のことまで気にかけてくれて温かいなと感じています。大会で結果が出るとテレビに出たり新聞に載ったりするので、その時にみなさんが『頑張ったね』と声をかけてくれます。その応援は本当に力になります」
「地元の応援は本当に力になります」
福島県民の一人として、2011年の東日本大震災で今もまだ日常を取り戻していない人たちに競技を通して何か伝えることができれば、と願っています。「福島には、被災して今でも避難を余儀なくされている方々がいらっしゃいます。その方々に少しでも勇気を届ける滑りができたらと思っています」
人口3000人に満たない小さな村を起点に、西沢選手の大きな挑戦はこれから本番を迎えます。
(取材・制作:4years.編集部)
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27
被災地に勇気を! 絆あふれる福島・北塩原村からの挑戦 トレーニング兼ね、実家から往復36kmの自転車通勤 西沢岳人(たけと、福島県出身)選手は2021年の全日本スキー選手権フリースタイルモーグルで3位、2022年は同大会で準優勝と国内トップ選手としての歩みを着実に進めています。この春に早稲田大学を卒業し、ホームゲレンデでもあり〝モーグルの聖地〟とも呼ばれる「リステルスキーファンタジア」を併設するホテルリステル猪苗代に入社。実家である北塩原村の「ペンション楓」から往復36kmの山道を「自然豊かな景色がきれいなので、ランもバイクも飽きないです」とトレーニングを兼ねて自転車通勤するなど、世界へ挑む準備を着々と整えています。 「リステルスキーファンタジア」はグリーンシーズンのエア(ジャンプ)の練習台であるウォータージャンプの施設も完備。空中で体を傾けた状態で2回転する「コーク720」に、スキー板の後方をつかむ「テールグラブ」を組み合わせた世界的にも珍しいトリックは西沢選手の代名詞ですが、その高さや精度をウィンターシーズン前に突き詰めることができるのも大きな強みになっています。 父の影響で2歳からはじめたスキー 日体大の基礎スキー部だった父・優(まさる)さんの影響で2歳の時にスキーをはじめ、モーグルに出合ったのは6歳でした。 幼稚園の時の西沢選手。スキーは父の影響で始めました 「スキー場にはスキーが上手なお兄さんがいてくれて、みんな僕を『タケちゃん』と呼んで可愛がってくれました。そのお兄さんたちと一緒にコブを滑ったり、小さなジャンプ台でちょっと飛んだりするくらいのことなんですけれど、すごい楽しくて。そこから毎日、母におにぎりを作ってもらって滑りに行くようになりました」 そのお兄さんの一人が、現在の日本代表の遠藤尚コーチでした。遠藤コーチの指導もあり、西沢少年は徐々にコブを滑るスピードが速くなり、エアも高さが増していきます。 自身の成長について、西沢選手は「まだまだ足りないところ、弱いところがたくさんある」と話しますが、「誰にも負けないのはスキーやモーグルが好きという気持ち。モーグルが嫌いになったことは一度もありません」と言い切ります。腰椎(ようつい)の一部を損傷するようなケガに遭った時もありましたが、初雪が降るあたりから「毎年、ああ、やっと冬が来るってワクワクするんです」と笑顔を見せます。 そのモーグル愛を胸に、今季はまずワールドカップに出場する日本代表メンバーに選ばれ、そこで結果を残して世界選手権に出場することが目標になります。 「いつか地元に還元したい」 世界と互角以上に戦えるモーグラーに成長するためには、ゲレンデやコースを問わず、安定したパフォーマンスを続ける必要があります。そのためには標高や斜度、雪質やコブの特質といったあらゆるコンディションでの経験が欠かせません。 早稲田大学時代の西沢選手(右)。故郷を離れて地元の良さを改めて感じました 西沢選手は2021シーズン、スイス・ツェルマットやスウェーデン・イドレでの欧州合宿を敢行しました。新型コロナウイルスの影響で隔離や感染リスクなどを考えると、一時帰国をせずに欧州に滞在したまま強化を重ねる選択肢が現実的です。するとどうしても遠征は長期化し滞在費が膨らんでしまいます。 この明治安田生命の「地元アスリート応援プログラム」を知ったきっかけについて、西沢選手は「人とのつながりを感じた」と語ります。父・優さんの高校の同級生、母・佐知子さんの友人が、この制度を勧めてくれて応募を決めました。早稲田大学に通うため故郷を離れた4年間は地元の良さや自然の美しさを改めて感じる期間でもあり、「いつか地元に還元できるといいな」という漠然とした思いが輪郭を持った時でもありました。集まった資金は主に渡航費、滞在費に充てる予定です。 人口3000人に満たない故郷の村を起点に 磐梯山の西側に位置する北塩原村は、清流と緑の山林に囲まれた自然豊かなロケーションですが、人口は3000人弱の自治体です。だからこそ「村民同士の絆が強い」と西沢選手は誇っています。 「小さな村なんですが、僕の競技のことまで気にかけてくれて温かいなと感じています。大会で結果が出るとテレビに出たり新聞に載ったりするので、その時にみなさんが『頑張ったね』と声をかけてくれます。その応援は本当に力になります」 「地元の応援は本当に力になります」 福島県民の一人として、2011年の東日本大震災で今もまだ日常を取り戻していない人たちに競技を通して何か伝えることができれば、と願っています。「福島には、被災して今でも避難を余儀なくされている方々がいらっしゃいます。その方々に少しでも勇気を届ける滑りができたらと思っています」 人口3000人に満たない小さな村を起点に、西沢選手の大きな挑戦はこれから本番を迎えます。 (取材・制作:4years.編集部)
被災地に勇気を! 絆あふれる福島・北塩原村からの挑戦
トレーニング兼ね、実家から往復36kmの自転車通勤
西沢岳人(たけと、福島県出身)選手は2021年の全日本スキー選手権フリースタイルモーグルで3位、2022年は同大会で準優勝と国内トップ選手としての歩みを着実に進めています。この春に早稲田大学を卒業し、ホームゲレンデでもあり〝モーグルの聖地〟とも呼ばれる「リステルスキーファンタジア」を併設するホテルリステル猪苗代に入社。実家である北塩原村の「ペンション楓」から往復36kmの山道を「自然豊かな景色がきれいなので、ランもバイクも飽きないです」とトレーニングを兼ねて自転車通勤するなど、世界へ挑む準備を着々と整えています。
「リステルスキーファンタジア」はグリーンシーズンのエア(ジャンプ)の練習台であるウォータージャンプの施設も完備。空中で体を傾けた状態で2回転する「コーク720」に、スキー板の後方をつかむ「テールグラブ」を組み合わせた世界的にも珍しいトリックは西沢選手の代名詞ですが、その高さや精度をウィンターシーズン前に突き詰めることができるのも大きな強みになっています。
父の影響で2歳からはじめたスキー
日体大の基礎スキー部だった父・優(まさる)さんの影響で2歳の時にスキーをはじめ、モーグルに出合ったのは6歳でした。
幼稚園の時の西沢選手。スキーは父の影響で始めました
「スキー場にはスキーが上手なお兄さんがいてくれて、みんな僕を『タケちゃん』と呼んで可愛がってくれました。そのお兄さんたちと一緒にコブを滑ったり、小さなジャンプ台でちょっと飛んだりするくらいのことなんですけれど、すごい楽しくて。そこから毎日、母におにぎりを作ってもらって滑りに行くようになりました」
そのお兄さんの一人が、現在の日本代表の遠藤尚コーチでした。遠藤コーチの指導もあり、西沢少年は徐々にコブを滑るスピードが速くなり、エアも高さが増していきます。
自身の成長について、西沢選手は「まだまだ足りないところ、弱いところがたくさんある」と話しますが、「誰にも負けないのはスキーやモーグルが好きという気持ち。モーグルが嫌いになったことは一度もありません」と言い切ります。腰椎(ようつい)の一部を損傷するようなケガに遭った時もありましたが、初雪が降るあたりから「毎年、ああ、やっと冬が来るってワクワクするんです」と笑顔を見せます。
そのモーグル愛を胸に、今季はまずワールドカップに出場する日本代表メンバーに選ばれ、そこで結果を残して世界選手権に出場することが目標になります。
「いつか地元に還元したい」
世界と互角以上に戦えるモーグラーに成長するためには、ゲレンデやコースを問わず、安定したパフォーマンスを続ける必要があります。そのためには標高や斜度、雪質やコブの特質といったあらゆるコンディションでの経験が欠かせません。
早稲田大学時代の西沢選手(右)。故郷を離れて地元の良さを改めて感じました
西沢選手は2021シーズン、スイス・ツェルマットやスウェーデン・イドレでの欧州合宿を敢行しました。新型コロナウイルスの影響で隔離や感染リスクなどを考えると、一時帰国をせずに欧州に滞在したまま強化を重ねる選択肢が現実的です。するとどうしても遠征は長期化し滞在費が膨らんでしまいます。
この明治安田生命の「地元アスリート応援プログラム」を知ったきっかけについて、西沢選手は「人とのつながりを感じた」と語ります。父・優さんの高校の同級生、母・佐知子さんの友人が、この制度を勧めてくれて応募を決めました。早稲田大学に通うため故郷を離れた4年間は地元の良さや自然の美しさを改めて感じる期間でもあり、「いつか地元に還元できるといいな」という漠然とした思いが輪郭を持った時でもありました。集まった資金は主に渡航費、滞在費に充てる予定です。
人口3000人に満たない故郷の村を起点に
磐梯山の西側に位置する北塩原村は、清流と緑の山林に囲まれた自然豊かなロケーションですが、人口は3000人弱の自治体です。だからこそ「村民同士の絆が強い」と西沢選手は誇っています。
「小さな村なんですが、僕の競技のことまで気にかけてくれて温かいなと感じています。大会で結果が出るとテレビに出たり新聞に載ったりするので、その時にみなさんが『頑張ったね』と声をかけてくれます。その応援は本当に力になります」
「地元の応援は本当に力になります」
福島県民の一人として、2011年の東日本大震災で今もまだ日常を取り戻していない人たちに競技を通して何か伝えることができれば、と願っています。「福島には、被災して今でも避難を余儀なくされている方々がいらっしゃいます。その方々に少しでも勇気を届ける滑りができたらと思っています」
人口3000人に満たない小さな村を起点に、西沢選手の大きな挑戦はこれから本番を迎えます。
(取材・制作:4years.編集部)
支援期間終了
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支援者
27人
残り期間
0日
集まっている金額
339,000円
(達成) 目標金額:300,000円
達成率112%
2023年02月28日23:59に終了しました。
支援期間終了
起案者
西沢岳人(明治安田生命・地元アスリート応援プログラム2022)
当制度を通じて、出身地や活動拠点地域など、サポートを受ける「地元」に対して貢献したいというアスリートの活動を支援します。
1,000円
お礼のメール
リターン
感謝の気持ちを込めて、お礼のメールをお送りします。
支援者の数 8人
支援期間終了
5,000円
お礼のお手紙+YELLS(支援アスリートの当該ブロック)
リターン
感謝の気持ちを込めて、お礼のお手紙、YELLS(支援アスリートの当該ブロック)をお送りします。
※「YELLS」は、地元アスリート応援プログラムに参加するアスリートに関する情報を、全国6ブロックごとにまとめた小冊子です。
支援者の数 19人
お届け予定:2023年4月
支援期間終了