走りで背中を見せ、子どもたちから愛される選手に
自分を成長させてくれた、浜松の先生たち
静岡県浜松市出身の鈴木涼太選手は、陸上短距離の100m・200mを主として競技に取り組む選手です。2022年の春に城西大学を卒業し、4月から実業団のあるスズキに入社。世界の舞台を目指して日々、鍛錬を続けています。
鈴木選手と陸上の出合いは小学生のとき。50m走で7秒を切る速さで走り、クラスで一番になったこともあり、中学では陸上部に入部。ただ、このころは「県大会にギリギリいけるかどうかの選手だった」と振り返ります。その後、浜松工業高校に入学し、着実に実力を高めていった鈴木選手。高校3年時にはインターハイで100mに、えひめ国体では100mのほか4×100mリレーにも出場して入賞。大きく成長できた要因には、静岡県の指導者の存在がありました。
静岡県では県内の成績上位者を集めた強化合宿などを行なっており、その際に学校を超えてさまざまな先生方と関わる機会がありました。高校2年のころ、挨拶や身だしなみなど、基礎的な部分から厳しく指摘されました。「半泣きになるぐらい、ものすごく怒られたんです」
そこから、「もっとちゃんとやらないと」としっかり自分のことを省みるようになりました。そのお陰でいま、指導を受ける先生方にも見てもらえる立場になり、行動力もつくようになったと振り返ります。「本当に感謝しかありません」と、地元の先生方への思いを口にしました。
高校3年のとき、静岡県西部の大会で1位になり、表彰台に上がる鈴木選手(中)
陸上をもっとメジャーにしたい
今回、地元アスリート応援プログラムへの参加には、仲良くしている青山華依(はなえ)選手(大阪府出身)が既に参加していたこともきっかけになりました。「どうやって応募するの?どんな制度なの?って聞いて、ぜひ自分もやってみたいなと思って応募しました」。陸上はまだ、野球やサッカーに比べてメジャーではないと鈴木選手は感じています。このプログラムに参加することで、自分一人だけではできないスケールで競技の魅力やおもしろさを伝えていけるのではないか、と考えたといいます。
「地元から」応援をもらう、というプログラムの趣旨も、心をひかれた点のひとつです。
「なんだかんだやっぱり、浜松が好きですね」。地元の先生方の団結力や、浜松の空気感が好きだと語ります。
高校卒業後はスポーツ推薦で城西大学に進学。陸上短距離に力を入れている大学でもあり、鈴木選手も大学で日本一になりたいと目標を持って競技に取り組みました。しかし大学1年の秋の大会と、冬のシーズンオフの期間の2回、右ハムストリングスの肉離れを起こしてしまいました。陸上短距離では、シーズンオフの冬の期間は「冬季練習」といって体づくりの期間に充てられます。しかし、けがで思うように体を作れず、大学2年のシーズンにはけが重なり、記録も伸びませんでした。「顔には出しませんでしたが、ずっと精神的にきつかったです」と思い返す鈴木選手。つらいときに言葉をかけてくれたのは、地元の家族や先生方でした。シーズンを終え、「次こそは」との思いでウエイトトレーニングを取り入れ、けがをしない体づくりに取り組みました。
2017年、東海高校総合体育大会で力走する鈴木選手(中)
努力が実を結び学生日本一に
しかし、大学3年時の20年は新型コロナウイルスの影響により、多くの大会が中止に。帰省も控えました。
「もちろん帰りたいなという気持ちもありましたが、黙々と練習に取り組んでいました」。そして、10月に延期となった関東学生陸上競技対校選手権大会(関東インカレ)男子1部100mで見事優勝。これが大学での初めての大きいタイトルとなりました。
大学最終年では陸上部の主将にも就任。自分だけではなく、他の部員に目を配ることも求められるようになりました。「それまではあまり積極的な方ではなかったのですが、主将になってからは後輩に自分から話しかけたり、チームを雰囲気からまとめるよう心がけたりしました」。プレッシャーを感じることも多かったものの、同期の助けを得て主将の責務をやりきったと話します。
競技面でも好結果を残しました。21年5月にポーランド・シレジアで開催された世界リレーに日本代表として選出され、4×100mリレーの2走を務めて銅メダルを獲得。帰国後の隔離があけてすぐ、同月の関東インカレでは、ライバルたちに競り勝ち男子1部100mで2連覇。追い風参考ながら10秒01のタイムに、競技場にはどよめきが起こりました。9月の日本学生陸上競技対校選手権大会(日本インカレ)では100mで2位、200mで優勝。追い求めてきた「学生日本一」のタイトルをついに手にしました。自分の体や良い調子の作り方を理解できるようになり、試合に向けて練習を組み立て、着実に取り組んできた成果が実を結びました。
しっかりと戦えるアスリートに
4年間を振り返って、「目標も一つひとつクリアできて、満足できました」と語る鈴木選手。次なる目標は22年に開催されるワールドユニバーシティーゲームズ、アジア競技大会、オレゴン世界陸上競技選手権大会への出場です。「なにか1つに絞るのではなく、3つともしっかり狙っていきたいと思います。競技も100m、200mの両方で戦えるアスリートにあこがれますし、自分もそうなりたいと思っています」。さまざまな世界大会での経験を積み、世界最高峰の舞台をめざしたいとしっかり前を見すえています。
世界で戦うためには、より一層強度の高いトレーニングを積むことが重要です。地元アスリート応援プログラムの支援金は、体のケアをするトレーナー代、ウェアやスパイクなどの道具代に使うつもりです。
地元の実業団に進むことになり、今まで以上に地元との関わりが増えることを楽しみにしている鈴木選手。陸上を広めるために、地元の子どもたちとの交流もしていきたい、と話します。
「愛される選手、目標とされる身近な存在になれればいいなと思います」
そして、結果で恩返ししたい、そう誓っています。
「これを食べないと地元に帰ってきた気がしない」という、地元・浜松名物のうなぎ
(取材・制作:4years.編集部)
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走りで背中を見せ、子どもたちから愛される選手に自分を成長させてくれた、浜松の先生たち 静岡県浜松市出身の鈴木涼太選手は、陸上短距離の100m・200mを主として競技に取り組む選手です。2022年の春に城西大学を卒業し、4月から実業団のあるスズキに入社。世界の舞台を目指して日々、鍛錬を続けています。 鈴木選手と陸上の出合いは小学生のとき。50m走で7秒を切る速さで走り、クラスで一番になったこともあり、中学では陸上部に入部。ただ、このころは「県大会にギリギリいけるかどうかの選手だった」と振り返ります。その後、浜松工業高校に入学し、着実に実力を高めていった鈴木選手。高校3年時にはインターハイで100mに、えひめ国体では100mのほか4×100mリレーにも出場して入賞。大きく成長できた要因には、静岡県の指導者の存在がありました。 静岡県では県内の成績上位者を集めた強化合宿などを行なっており、その際に学校を超えてさまざまな先生方と関わる機会がありました。高校2年のころ、挨拶や身だしなみなど、基礎的な部分から厳しく指摘されました。「半泣きになるぐらい、ものすごく怒られたんです」 そこから、「もっとちゃんとやらないと」としっかり自分のことを省みるようになりました。そのお陰でいま、指導を受ける先生方にも見てもらえる立場になり、行動力もつくようになったと振り返ります。「本当に感謝しかありません」と、地元の先生方への思いを口にしました。 高校3年のとき、静岡県西部の大会で1位になり、表彰台に上がる鈴木選手(中) 陸上をもっとメジャーにしたい今回、地元アスリート応援プログラムへの参加には、仲良くしている青山華依(はなえ)選手(大阪府出身)が既に参加していたこともきっかけになりました。「どうやって応募するの?どんな制度なの?って聞いて、ぜひ自分もやってみたいなと思って応募しました」。陸上はまだ、野球やサッカーに比べてメジャーではないと鈴木選手は感じています。このプログラムに参加することで、自分一人だけではできないスケールで競技の魅力やおもしろさを伝えていけるのではないか、と考えたといいます。 「地元から」応援をもらう、というプログラムの趣旨も、心をひかれた点のひとつです。 「なんだかんだやっぱり、浜松が好きですね」。地元の先生方の団結力や、浜松の空気感が好きだと語ります。 高校卒業後はスポーツ推薦で城西大学に進学。陸上短距離に力を入れている大学でもあり、鈴木選手も大学で日本一になりたいと目標を持って競技に取り組みました。しかし大学1年の秋の大会と、冬のシーズンオフの期間の2回、右ハムストリングスの肉離れを起こしてしまいました。陸上短距離では、シーズンオフの冬の期間は「冬季練習」といって体づくりの期間に充てられます。しかし、けがで思うように体を作れず、大学2年のシーズンにはけが重なり、記録も伸びませんでした。「顔には出しませんでしたが、ずっと精神的にきつかったです」と思い返す鈴木選手。つらいときに言葉をかけてくれたのは、地元の家族や先生方でした。シーズンを終え、「次こそは」との思いでウエイトトレーニングを取り入れ、けがをしない体づくりに取り組みました。 2017年、東海高校総合体育大会で力走する鈴木選手(中) 努力が実を結び学生日本一にしかし、大学3年時の20年は新型コロナウイルスの影響により、多くの大会が中止に。帰省も控えました。 「もちろん帰りたいなという気持ちもありましたが、黙々と練習に取り組んでいました」。そして、10月に延期となった関東学生陸上競技対校選手権大会(関東インカレ)男子1部100mで見事優勝。これが大学での初めての大きいタイトルとなりました。 大学最終年では陸上部の主将にも就任。自分だけではなく、他の部員に目を配ることも求められるようになりました。「それまではあまり積極的な方ではなかったのですが、主将になってからは後輩に自分から話しかけたり、チームを雰囲気からまとめるよう心がけたりしました」。プレッシャーを感じることも多かったものの、同期の助けを得て主将の責務をやりきったと話します。 競技面でも好結果を残しました。21年5月にポーランド・シレジアで開催された世界リレーに日本代表として選出され、4×100mリレーの2走を務めて銅メダルを獲得。帰国後の隔離があけてすぐ、同月の関東インカレでは、ライバルたちに競り勝ち男子1部100mで2連覇。追い風参考ながら10秒01のタイムに、競技場にはどよめきが起こりました。9月の日本学生陸上競技対校選手権大会(日本インカレ)では100mで2位、200mで優勝。追い求めてきた「学生日本一」のタイトルをついに手にしました。自分の体や良い調子の作り方を理解できるようになり、試合に向けて練習を組み立て、着実に取り組んできた成果が実を結びました。 しっかりと戦えるアスリートに4年間を振り返って、「目標も一つひとつクリアできて、満足できました」と語る鈴木選手。次なる目標は22年に開催されるワールドユニバーシティーゲームズ、アジア競技大会、オレゴン世界陸上競技選手権大会への出場です。「なにか1つに絞るのではなく、3つともしっかり狙っていきたいと思います。競技も100m、200mの両方で戦えるアスリートにあこがれますし、自分もそうなりたいと思っています」。さまざまな世界大会での経験を積み、世界最高峰の舞台をめざしたいとしっかり前を見すえています。 世界で戦うためには、より一層強度の高いトレーニングを積むことが重要です。地元アスリート応援プログラムの支援金は、体のケアをするトレーナー代、ウェアやスパイクなどの道具代に使うつもりです。 地元の実業団に進むことになり、今まで以上に地元との関わりが増えることを楽しみにしている鈴木選手。陸上を広めるために、地元の子どもたちとの交流もしていきたい、と話します。 「愛される選手、目標とされる身近な存在になれればいいなと思います」 そして、結果で恩返ししたい、そう誓っています。 「これを食べないと地元に帰ってきた気がしない」という、地元・浜松名物のうなぎ (取材・制作:4years.編集部)
走りで背中を見せ、子どもたちから愛される選手に
自分を成長させてくれた、浜松の先生たち
静岡県浜松市出身の鈴木涼太選手は、陸上短距離の100m・200mを主として競技に取り組む選手です。2022年の春に城西大学を卒業し、4月から実業団のあるスズキに入社。世界の舞台を目指して日々、鍛錬を続けています。
鈴木選手と陸上の出合いは小学生のとき。50m走で7秒を切る速さで走り、クラスで一番になったこともあり、中学では陸上部に入部。ただ、このころは「県大会にギリギリいけるかどうかの選手だった」と振り返ります。その後、浜松工業高校に入学し、着実に実力を高めていった鈴木選手。高校3年時にはインターハイで100mに、えひめ国体では100mのほか4×100mリレーにも出場して入賞。大きく成長できた要因には、静岡県の指導者の存在がありました。
静岡県では県内の成績上位者を集めた強化合宿などを行なっており、その際に学校を超えてさまざまな先生方と関わる機会がありました。高校2年のころ、挨拶や身だしなみなど、基礎的な部分から厳しく指摘されました。「半泣きになるぐらい、ものすごく怒られたんです」
そこから、「もっとちゃんとやらないと」としっかり自分のことを省みるようになりました。そのお陰でいま、指導を受ける先生方にも見てもらえる立場になり、行動力もつくようになったと振り返ります。「本当に感謝しかありません」と、地元の先生方への思いを口にしました。
高校3年のとき、静岡県西部の大会で1位になり、表彰台に上がる鈴木選手(中)
陸上をもっとメジャーにしたい
今回、地元アスリート応援プログラムへの参加には、仲良くしている青山華依(はなえ)選手(大阪府出身)が既に参加していたこともきっかけになりました。「どうやって応募するの?どんな制度なの?って聞いて、ぜひ自分もやってみたいなと思って応募しました」。陸上はまだ、野球やサッカーに比べてメジャーではないと鈴木選手は感じています。このプログラムに参加することで、自分一人だけではできないスケールで競技の魅力やおもしろさを伝えていけるのではないか、と考えたといいます。
「地元から」応援をもらう、というプログラムの趣旨も、心をひかれた点のひとつです。
「なんだかんだやっぱり、浜松が好きですね」。地元の先生方の団結力や、浜松の空気感が好きだと語ります。
高校卒業後はスポーツ推薦で城西大学に進学。陸上短距離に力を入れている大学でもあり、鈴木選手も大学で日本一になりたいと目標を持って競技に取り組みました。しかし大学1年の秋の大会と、冬のシーズンオフの期間の2回、右ハムストリングスの肉離れを起こしてしまいました。陸上短距離では、シーズンオフの冬の期間は「冬季練習」といって体づくりの期間に充てられます。しかし、けがで思うように体を作れず、大学2年のシーズンにはけが重なり、記録も伸びませんでした。「顔には出しませんでしたが、ずっと精神的にきつかったです」と思い返す鈴木選手。つらいときに言葉をかけてくれたのは、地元の家族や先生方でした。シーズンを終え、「次こそは」との思いでウエイトトレーニングを取り入れ、けがをしない体づくりに取り組みました。
2017年、東海高校総合体育大会で力走する鈴木選手(中)
努力が実を結び学生日本一に
しかし、大学3年時の20年は新型コロナウイルスの影響により、多くの大会が中止に。帰省も控えました。
「もちろん帰りたいなという気持ちもありましたが、黙々と練習に取り組んでいました」。そして、10月に延期となった関東学生陸上競技対校選手権大会(関東インカレ)男子1部100mで見事優勝。これが大学での初めての大きいタイトルとなりました。
大学最終年では陸上部の主将にも就任。自分だけではなく、他の部員に目を配ることも求められるようになりました。「それまではあまり積極的な方ではなかったのですが、主将になってからは後輩に自分から話しかけたり、チームを雰囲気からまとめるよう心がけたりしました」。プレッシャーを感じることも多かったものの、同期の助けを得て主将の責務をやりきったと話します。
競技面でも好結果を残しました。21年5月にポーランド・シレジアで開催された世界リレーに日本代表として選出され、4×100mリレーの2走を務めて銅メダルを獲得。帰国後の隔離があけてすぐ、同月の関東インカレでは、ライバルたちに競り勝ち男子1部100mで2連覇。追い風参考ながら10秒01のタイムに、競技場にはどよめきが起こりました。9月の日本学生陸上競技対校選手権大会(日本インカレ)では100mで2位、200mで優勝。追い求めてきた「学生日本一」のタイトルをついに手にしました。自分の体や良い調子の作り方を理解できるようになり、試合に向けて練習を組み立て、着実に取り組んできた成果が実を結びました。
しっかりと戦えるアスリートに
4年間を振り返って、「目標も一つひとつクリアできて、満足できました」と語る鈴木選手。次なる目標は22年に開催されるワールドユニバーシティーゲームズ、アジア競技大会、オレゴン世界陸上競技選手権大会への出場です。「なにか1つに絞るのではなく、3つともしっかり狙っていきたいと思います。競技も100m、200mの両方で戦えるアスリートにあこがれますし、自分もそうなりたいと思っています」。さまざまな世界大会での経験を積み、世界最高峰の舞台をめざしたいとしっかり前を見すえています。
世界で戦うためには、より一層強度の高いトレーニングを積むことが重要です。地元アスリート応援プログラムの支援金は、体のケアをするトレーナー代、ウェアやスパイクなどの道具代に使うつもりです。
地元の実業団に進むことになり、今まで以上に地元との関わりが増えることを楽しみにしている鈴木選手。陸上を広めるために、地元の子どもたちとの交流もしていきたい、と話します。
「愛される選手、目標とされる身近な存在になれればいいなと思います」
そして、結果で恩返ししたい、そう誓っています。
「これを食べないと地元に帰ってきた気がしない」という、地元・浜松名物のうなぎ
(取材・制作:4years.編集部)
支援期間終了
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最新のプロジェクト情報をお届けします。
支援者
7人
残り期間
0日
集まっている金額
61,500円
目標金額:300,000円
達成率20%
2023年02月28日23:59に終了しました。
支援期間終了
起案者
鈴木涼太(明治安田生命・地元アスリート応援プログラム2022)
当制度を通じて、出身地や活動拠点地域など、サポートを受ける「地元」に対して貢献したいというアスリートの活動を支援します。
1,000円
お礼のメール
リターン
感謝の気持ちを込めて、お礼のメールをお送りします。
支援者の数 1人
支援期間終了
5,000円
お礼のお手紙+YELLS(支援アスリートの当該ブロック)
リターン
感謝の気持ちを込めて、お礼のお手紙、YELLS(支援アスリートの当該ブロック)をお送りします。
※「YELLS」は、地元アスリート応援プログラムに参加するアスリートに関する情報を、全国6ブロックごとにまとめた小冊子です。
支援者の数 2人
お届け予定:2023年4月
支援期間終了
10,000円
サイン色紙+お礼のお手紙+YELLS(支援アスリートの当該ブロック)
リターン
感謝の気持ちを込めて、選手直筆のサイン色紙とお礼のお手紙、YELLS(支援アスリートの当該ブロック)をお送りします。
※「YELLS」は、地元アスリート応援プログラムに参加するアスリートに関する情報を、全国6ブロックごとにまとめた小冊子です。
支援者の数 3人
お届け予定:2023年4月
支援期間終了
20,000円
サイン色紙+お礼のお手紙+オリジナルステッカー+YELLS(全ブロック)
リターン
感謝の気持ちを込めて、選手直筆のサイン色紙とお礼のお手紙、プロジェクトのオリジナルステッカー、YELLS(全ブロック)をお送りします。
※「YELLS」は、地元アスリート応援プログラムに参加するアスリートに関する情報を、全国6ブロックごとにまとめた小冊子です。
支援者の数 1人
お届け予定:2023年4月
支援期間終了