• 堤駿斗(明治安田生命・地元アスリート応援プログラム)
  • スポーツ

千葉県のアスリート・ボクシング 堤駿斗 応援プロジェクト by 明治安田生命

プロジェクトイメージ
プロジェクトイメージ

「生まれ育った千葉の名をとどろかせたい」 アマチュアボクシング世界一への挑戦 井上尚弥選手に続く日本期待のホープ 生まれ育った千葉県千葉市にある実家の一室には、拳ひとつで手に入れた賞状やトロフィーが数え切れないほど並んでいます。東洋大学3年生の堤駿斗(はやと)選手(千葉県出身)は、部屋の壁を見上げながら照れ笑いを浮かべていました。 「僕の賞状と(3歳下の)弟・麗斗(れいと)の分も一緒に飾ってあります」 賞歴は華やかそのもの。日本人選手初となる2016年世界ユース選手権の金メダルをはじめ、千葉の習志野高校時代にはインターハイ(2年、3年)、国体(1年、3年)、選抜大会(1年、2年)と高校6冠を達成。2017年全日本選手権では現WBA、IBF世界バンタム級王者の井上尚弥選手以来となる高校生チャンピオンとなりました。東洋大学に進学後も2019年の全日本選手権を制覇するなど、いまなお日本期待のホープとして注目されています。 エリート街道を突き進んでいる競技人生ですが、本人は“エリート”という言葉に首をかしげます。 「高校に入学するまでは、うまくいかないことの方が多かったので。連勝したかと思えば、ふと負けたり……。自分ではそこまで注目される選手ではないと思っていました。気持ちは少し複雑でした」 ただ周囲の評価に浮かれることもなく、ジムでも家でも人一倍練習をこなし、黙々と努力を重ねてきました。 「僕が練習を止めてしまえば、ただの普通の選手になりますから。幼い時から半分、泣きべそかきながらやってきました」 小学5年生の時に極真空手からボクシングへ転向 ボクシングを始めたのは小学5年生の時です。将来のことを考え、それまで力を注いできた極真空手からの転向を決意。「格闘技でご飯を食べていきたかったので」。堤少年の目には、華々しいプロの世界が存在するボクシングが魅力的に見えたのです。自宅から自転車で約10分の距離にあるボクシングジムの門を叩くと、競技の魅力に瞬く間に取りつかれます。 「ボクシングは技術の駆け引きが多いんです。相手の攻撃をかわしつつ、自分も攻撃していかないといけません。そこに面白さを感じました」 父親は野球経験者でしたが、選手生命を長くするために貴重な助言をくれました。「まずパンチをもらわないこと」。同じ打撃系の格闘技でも極真空手とは勝手が違います。パンチを受けて打つのではなく、かわして打つことをずっと心がけてきました。ディフェンスに定評のある堤選手のスタイルをつくったのはトレーナーの指導もありますが、父の教えも大きく影響していると言います。 地元のトレーナーの姿を見て、ボクシングにのめり込んだ 東洋大学に通う今も、ボクサーとしての基盤を築いた千葉への思いは強く持っています。今回の明治安田生命がアスリートを支援する制度に応募するきっかけは、地元への感謝の気持ちからです。4年に1度の大舞台で頂点に立つことを誓い、そこで活躍することを約束しています。 「生まれ育った千葉の名前を世界中に広めたいんです。一番いい結果を残すことで、お世話になった地元への恩返しをしたいと思っています」 ボクシングのイロハを叩き込んでくれた渡部浩太郎トレーナーとの出会いも千葉でした。名門の習志野高校に進んだ後も、部活終わりにジムへ足を運んでいました。中学生のころから高校3年生までずっとミットを持ってくれていた渡部トレーナーからは、多くのことを学んだと言います。また、陰で必死に勉強している姿も知っていました。 「並の努力ではなかったはずです。トレーナーのあの姿を見て、僕はまだまだ努力が足りないと思いました」 千葉で過ごした日々は、堤選手の原点と言ってもいいでしょう。 千葉チームとして挑んだ国体はかけがえのない思い出 ユニフォームの背中に“千葉”の文字を背負い、大会に出場した高校時代の思い出は忘れることができません。特に県を代表して戦った国体は記憶に残っています。高校1年生の時に、初めて臨んだ夏のインターハイは決勝で僅差の判定負け。涙に暮れながら、学んだことがあります。 「誰がどう見ても、はっきりと勝ちと分かる試合をしないといけない」 悔しい敗北から2カ月後。10月の国体決勝では、インターハイで後塵を拝した日章学園高校(宮崎)の井上彪選手(現・近畿大学)に明確な判定勝ちを収めました。 「個人的にも2カ月前に負けていたので、すっきりしました。千葉の代表として国体に出場し、応援してもらえたこともうれしかったですね」 3年生の時には絶対的な優勝候補として国体に出場し、重圧を物ともせずに2年ぶりの大会制覇。少年の部として出場する最後の国体で有終の美を飾りました。千葉県代表チームとして活動した時間はかけがえのないものになっています。 「合宿はきつかったですけど、チームメートと一緒に乗り越えて、大会でいい結果を残せたので思い出深いです」 夢につながる試合で敗れ、家族の支えで吹っ切れた 2020年3月、目標にしている大舞台の出場権がかかったアジア・オセアニア予選でまさかの初戦敗退。本人は予想外の敗戦に茫然(ぼうぜん)自失となりました。リングから降り、ヨルダンの控え室で涙をぽろぽろとこぼしました。 「現実を受け止めることができず、頭が真っ白になりました。だんだん実感が湧いてくると、悔しくて悔しくて、気がつけば泣いていました」 試合で負けて泣いたのは、自分でも思い出せないくらい昔のこと。今までにないほど精神的に参りました。帰国の途につき、千葉の実家に戻ると、そんな姿を見た両親はそっと励ましてくれました。「まだ頑張るんだったら、いくらでも協力するから、応援するから」。家族の温かみに触れた瞬間、吹っ切れました。 「いつまでも落ち込んでいる場合ではない。まだ可能性もあるんだから、頑張ろうって」 フェザー(57kg)級の出場権をかけた世界最終予選は、2021年の5月ごろに予定されています。コロナ禍の影響で一時開催も危ぶまれましたが、現時点では実施される見込みです。 写真提供・善理俊哉 「アマチュア世界一」の夢はブレない 今、めざすのは2021年の夏、4年に1度の大舞台でアマチュア世界一の称号を得ること。この目標がブレたことはありません。そのためにも、大会の出場権を勝ち取るために準備しています。涙をのんだ一戦からボクシングのスタイルを変化させ、これまで以上にポイントを重視したアマチュアでの戦いを意識するようになりました。もう1日も無駄にするつもりはありません。 「コロナ禍の状況でもモチベーションが落ちたことは一度もないです。逆に大会が延期になったことはチャンスとして捉えています。ライバルたちとの差を縮めることができますから。気持ちを切らさずに練習をしていきます」 「僕は結果で応えていきます」 多くの方から支援を募ることで、これまでにない責任感が芽生えてきました。 「今までは自分のためにボクシングをしていましたが、応援してもらう人たちのためにも頑張らないといけないという気持ちになりました。意識が変わりました。僕は結果で応えていきますので、支援のほどよろしくお願いします」 クラウドファンディングで集まった資金はボクシングに特化したパーソナルフィジカルトレーニングに活用する予定です。世界での戦いを見すえる堤選手は、まだまだもっと強くなります。 (取材・制作:4years.編集部)

「生まれ育った千葉の名をとどろかせたい」 アマチュアボクシング世界一への挑戦

井上尚弥選手に続く日本期待のホープ

生まれ育った千葉県千葉市にある実家の一室には、拳ひとつで手に入れた賞状やトロフィーが数え切れないほど並んでいます。東洋大学3年生の堤駿斗(はやと)選手(千葉県出身)は、部屋の壁を見上げながら照れ笑いを浮かべていました。

「僕の賞状と(3歳下の)弟・麗斗(れいと)の分も一緒に飾ってあります」

賞歴は華やかそのもの。日本人選手初となる2016年世界ユース選手権の金メダルをはじめ、千葉の習志野高校時代にはインターハイ(2年、3年)、国体(1年、3年)、選抜大会(1年、2年)と高校6冠を達成。2017年全日本選手権では現WBA、IBF世界バンタム級王者の井上尚弥選手以来となる高校生チャンピオンとなりました。東洋大学に進学後も2019年の全日本選手権を制覇するなど、いまなお日本期待のホープとして注目されています。

エリート街道を突き進んでいる競技人生ですが、本人は“エリート”という言葉に首をかしげます。

「高校に入学するまでは、うまくいかないことの方が多かったので。連勝したかと思えば、ふと負けたり……。自分ではそこまで注目される選手ではないと思っていました。気持ちは少し複雑でした」

ただ周囲の評価に浮かれることもなく、ジムでも家でも人一倍練習をこなし、黙々と努力を重ねてきました。

「僕が練習を止めてしまえば、ただの普通の選手になりますから。幼い時から半分、泣きべそかきながらやってきました」

小学5年生の時に極真空手からボクシングへ転向


ボクシングを始めたのは小学5年生の時です。将来のことを考え、それまで力を注いできた極真空手からの転向を決意。「格闘技でご飯を食べていきたかったので」。堤少年の目には、華々しいプロの世界が存在するボクシングが魅力的に見えたのです。自宅から自転車で約10分の距離にあるボクシングジムの門を叩くと、競技の魅力に瞬く間に取りつかれます。

「ボクシングは技術の駆け引きが多いんです。相手の攻撃をかわしつつ、自分も攻撃していかないといけません。そこに面白さを感じました」

父親は野球経験者でしたが、選手生命を長くするために貴重な助言をくれました。「まずパンチをもらわないこと」。同じ打撃系の格闘技でも極真空手とは勝手が違います。パンチを受けて打つのではなく、かわして打つことをずっと心がけてきました。ディフェンスに定評のある堤選手のスタイルをつくったのはトレーナーの指導もありますが、父の教えも大きく影響していると言います。


地元のトレーナーの姿を見て、ボクシングにのめり込んだ

東洋大学に通う今も、ボクサーとしての基盤を築いた千葉への思いは強く持っています。今回の明治安田生命がアスリートを支援する制度に応募するきっかけは、地元への感謝の気持ちからです。4年に1度の大舞台で頂点に立つことを誓い、そこで活躍することを約束しています。

「生まれ育った千葉の名前を世界中に広めたいんです。一番いい結果を残すことで、お世話になった地元への恩返しをしたいと思っています」

ボクシングのイロハを叩き込んでくれた渡部浩太郎トレーナーとの出会いも千葉でした。名門の習志野高校に進んだ後も、部活終わりにジムへ足を運んでいました。中学生のころから高校3年生までずっとミットを持ってくれていた渡部トレーナーからは、多くのことを学んだと言います。また、陰で必死に勉強している姿も知っていました。

「並の努力ではなかったはずです。トレーナーのあの姿を見て、僕はまだまだ努力が足りないと思いました」

千葉で過ごした日々は、堤選手の原点と言ってもいいでしょう。


千葉チームとして挑んだ国体はかけがえのない思い出

ユニフォームの背中に“千葉”の文字を背負い、大会に出場した高校時代の思い出は忘れることができません。特に県を代表して戦った国体は記憶に残っています。高校1年生の時に、初めて臨んだ夏のインターハイは決勝で僅差の判定負け。涙に暮れながら、学んだことがあります。

「誰がどう見ても、はっきりと勝ちと分かる試合をしないといけない」

悔しい敗北から2カ月後。10月の国体決勝では、インターハイで後塵を拝した日章学園高校(宮崎)の井上彪選手(現・近畿大学)に明確な判定勝ちを収めました。

「個人的にも2カ月前に負けていたので、すっきりしました。千葉の代表として国体に出場し、応援してもらえたこともうれしかったですね」

3年生の時には絶対的な優勝候補として国体に出場し、重圧を物ともせずに2年ぶりの大会制覇。少年の部として出場する最後の国体で有終の美を飾りました。千葉県代表チームとして活動した時間はかけがえのないものになっています。

「合宿はきつかったですけど、チームメートと一緒に乗り越えて、大会でいい結果を残せたので思い出深いです」


夢につながる試合で敗れ、家族の支えで吹っ切れた

2020年3月、目標にしている大舞台の出場権がかかったアジア・オセアニア予選でまさかの初戦敗退。本人は予想外の敗戦に茫然(ぼうぜん)自失となりました。リングから降り、ヨルダンの控え室で涙をぽろぽろとこぼしました。

「現実を受け止めることができず、頭が真っ白になりました。だんだん実感が湧いてくると、悔しくて悔しくて、気がつけば泣いていました」

試合で負けて泣いたのは、自分でも思い出せないくらい昔のこと。今までにないほど精神的に参りました。帰国の途につき、千葉の実家に戻ると、そんな姿を見た両親はそっと励ましてくれました。「まだ頑張るんだったら、いくらでも協力するから、応援するから」。家族の温かみに触れた瞬間、吹っ切れました。

「いつまでも落ち込んでいる場合ではない。まだ可能性もあるんだから、頑張ろうって」

フェザー(57kg)級の出場権をかけた世界最終予選は、2021年の5月ごろに予定されています。コロナ禍の影響で一時開催も危ぶまれましたが、現時点では実施される見込みです。

写真提供・善理俊哉


「アマチュア世界一」の夢はブレない

今、めざすのは2021年の夏、4年に1度の大舞台でアマチュア世界一の称号を得ること。この目標がブレたことはありません。そのためにも、大会の出場権を勝ち取るために準備しています。涙をのんだ一戦からボクシングのスタイルを変化させ、これまで以上にポイントを重視したアマチュアでの戦いを意識するようになりました。もう1日も無駄にするつもりはありません。

「コロナ禍の状況でもモチベーションが落ちたことは一度もないです。逆に大会が延期になったことはチャンスとして捉えています。ライバルたちとの差を縮めることができますから。気持ちを切らさずに練習をしていきます」


「僕は結果で応えていきます」

多くの方から支援を募ることで、これまでにない責任感が芽生えてきました。

「今までは自分のためにボクシングをしていましたが、応援してもらう人たちのためにも頑張らないといけないという気持ちになりました。意識が変わりました。僕は結果で応えていきますので、支援のほどよろしくお願いします」

クラウドファンディングで集まった資金はボクシングに特化したパーソナルフィジカルトレーニングに活用する予定です。世界での戦いを見すえる堤選手は、まだまだもっと強くなります。

(取材・制作:4years.編集部)


地元アスリートに あなたの愛と支援を

このプロジェクトが気に入ったら
いいね!しよう

最新のプロジェクト情報をお届けします。

  • 支援者

    21

  • 残り期間

    93

  • 集まっている金額

    151,000

    目標金額:300,000

  • 達成率50%

    50%

このプロジェクトでは、目標到達に関わらず、2021年02月28日23:59までに集まった金額がファンディングされます。

起案者

実行者イメージ

堤駿斗(明治安田生命・地元アスリート応援プログラム)

明治安田生命「地元の元気プロジェクト」の ... 一環として、地元の若手アスリートを地域社会とともに応援することで、地域の一体感醸成や地域で育つ子どもたちの夢や地元愛を育むことへの貢献を目的とします。

当制度を通じて、出身地や活動拠点地域など、サポートを受ける「地元」に対して貢献したいというアスリートの活動を支援します。
  • 3,000

    お礼のメール

    リターン

      堤駿斗本人より感謝の気持ちを込めて、お礼のメールをお送りします。

    支援者の数 5

  • 5,000

    お礼のお手紙

    リターン

      堤駿斗本人より感謝の気持ちを込めて、お礼のお手紙をお送りします。

    支援者の数 16

    お届け予定:2021年4月

このプロジェクトをシェアする

カテゴリーから
プロジェクトをさがす