• 堤駿斗(明治安田生命・地元アスリート応援プログラム2021)
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千葉県のアスリート・ボクシング 堤駿斗 応援プロジェクト by 明治安田生命

プロジェクトイメージ
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日本人初の世界選手権優勝へ! 悔しさをバネに、もっともっと強くなる 高校生の時から全日本制覇 生まれ育った千葉県千葉市にある実家の一室には、拳ひとつで手に入れた賞状やトロフィーが数え切れないほど並んでいます。東洋大学4年生の堤駿斗(はやと)選手(千葉県出身)は、部屋の壁を見上げながら照れ笑いを浮かべていました。 「僕の賞状と(3歳下の)弟・麗斗(れいと)の分も一緒に飾ってあります」 賞歴は華やかそのもの。日本人選手初となる2016年世界ユース選手権の金メダルをはじめ、千葉の習志野高校時代にはインターハイ(2年、3年)、国体(1年、3年)、選抜大会(1年、2年)と高校6冠を達成。17年全日本選手権では現WBA、IBF世界バンタム級王者の井上尚弥選手以来となる高校生チャンピオンとなりました。東洋大学に進学後も19年の全日本選手権を制覇するなど、いまなお日本期待のホープとして注目されています。 エリート街道を突き進んでいる競技人生ですが、本人は“エリート”という言葉に首をかしげます。 「高校に入学するまでは、うまくいかないことの方が多かったので。連勝したかと思えば、ふと負けたり……。自分ではそこまで注目される選手ではないと思っていました。気持ちは少し複雑でした」 ただ周囲の評価に浮かれることもなく、ジムでも家でも人一倍練習をこなし、黙々と努力を重ねてきました。 「僕が練習をやめてしまえば、ただの普通の選手になりますから。幼い時から半分、泣きべそかきながらやってきました」 極真空手で鍛え、ボクシングの面白さにハマり ボクシングを始めたのは小学5年生の時です。将来のことを考え、それまで力を注いできた極真空手からの転向を決意。「格闘技でご飯を食べていきたかったので」。堤少年の目には、華々しいプロの世界が存在するボクシングが魅力的に見えたのです。自宅近くのジムの門をたたくと、競技の魅力に瞬く間に取りつかれます。 小5の時に極真空手からボクシングに転向しました 「ボクシングは技術の駆け引きが多いんです。相手の攻撃をかわしつつ、自分も攻撃していかないといけません。そこに面白さを感じました」 父親は野球経験者でしたが、選手生命を長くするために貴重な助言をくれました。「まずパンチをもらわないこと」。同じ打撃系の格闘技でも極真空手とは勝手が違います。パンチを受けて打つのではなく、かわして打つことをずっと心がけてきました。ディフェンスに定評のある堤選手のスタイルをつくったのはトレーナーの指導もありますが、父の教えも大きく影響していると言います。 「千葉の名前を世界中に広めたい」 東洋大学に通う今も、ボクサーとしての基盤を築いた千葉への思いは強く持っています。今回の明治安田生命がアスリートを支援する「地元アスリート応援プログラム」に応募するきっかけも、地元への感謝の気持ちからです。 「生まれ育った千葉の名前を世界中に広めたいんです。一番いい結果を残すことで、お世話になった地元への恩返しをしたいと思っています」 ボクシングのイロハをたたき込んでくれた渡部浩太郎トレーナーとの出会いも千葉でした。名門の習志野高校に進んだ後も、部活終わりにジムへ足を運んでいました。中学生のころから高校3年生までずっとミットを持ってくれていた渡部トレーナーからは、多くのことを学んだと言います。また、陰で必死に勉強している姿も知っていました。 「並の努力ではなかったはずです。トレーナーのあの姿を見て、僕はまだまだ努力が足りないと思いました」 千葉で過ごした日々は、堤選手の原点と言ってもいいでしょう。 千葉から離れた今も、千葉への感謝の気持ちを忘れていません(写真提供・善理俊哉) 千葉代表で挑んだ国体 ユニホームの背中に“千葉”の文字を背負い、大会に出場した高校時代の思い出は忘れることができません。特に県を代表して戦った国体は記憶に残っています。高校1年生の時に、初めて臨んだ夏のインターハイは決勝で僅差の判定負け。涙に暮れながら、学んだことがあります。 「誰がどう見ても、はっきりと勝ちと分かる試合をしないといけない」 悔しい敗北から2カ月後。10月の国体決勝では、インターハイで後塵(こうじん)を拝した日章学園高校(宮崎)の井上彪選手に明確な判定勝ちを収めました。 「個人的にも2カ月前に負けていたので、すっきりしました。千葉の代表として国体に出場し、応援してもらえたこともうれしかったですね」 3年生の時には絶対的な優勝候補として国体に出場し、重圧を物ともせずに2年ぶりの大会制覇。少年の部として出場する最後の国体で有終の美を飾りました。千葉県代表チームとして活動した時間はかけがえのないものになっています。 「合宿はきつかったですけど、チームメートと一緒に乗り越えて、大会でいい結果を残せたので思い出深いです」 夢の舞台に挑めない悔しさ、それでも前へ 21年6月には、4年に1度の国際大会への出場権をかけたフェザー(57kg)級の世界最終予選が開催される予定でしたが、新型コロナウイルスの影響を受けて中止になりました。この大会に全てをかけてきた堤選手は何も考えられなくなり、気持ちが塞いだ日々を過ごしていました。そんな時に支えてくれたのは家族でした。「ボクシング生活はまだまだ続くので、ここで落ち込んでいてはいけないなと思いました」 堤選手は「地元アスリート応援プログラム」の前身である「次世代トップアスリート応援プロジェクト~めざせ世界大会~」で16年から支援を受けています。20年にプログラムの一環で実施したクラウドファンディングでは、多くの人から4年に1度の国際大会に向けてのエールを送ってもらいました。その思いに応えられなかった悔しさ、申し訳なさはずっと胸にあります。だからこそ、自分は結果で恩返しをしたいと考えています。 目標は21年11月に開催予定の世界選手権。堤選手はこれまでも世界選手権に出場するチャンスはありましたが、けがが重なったこともあり、今回が初挑戦になる見通しです。「まだ日本人が優勝したことがない大会なので、そこでしっかり優勝したいなと思っています」。世界ユース選手権に続く「日本人初」を狙っています。 砂浜で足腰を鍛え、ボクシングの感覚にも変化 20年の年末には弟・麗斗選手とともに、初めて本格的な砂浜での走り込みに取り組みました。お世話になっているフィジカルトレーナーから「ボクサーに必要な筋肉が鍛えられるよ」と言われたことがきっかけで、メニューもトレーナーに作ってもらいました。その効果を堤選手も実感しています。「足腰が強くなったのか、ボクシングをした感覚もいいんです」。21年は大学ラストイヤーでもあります。最上級生として日本一を目指す後輩たちに背中を見せていきます。 フィジカルを鍛え直し、世界の舞台に立てる日を心待ちにしています 21年の大会もこれからどうなるか見えないところはありますが、だからこそボクシングができることに感謝し、みなさんの応援に結果で応えたいと考えています。 「今までは自分のためにボクシングをしていましたが、応援してもらう人たちのためにも頑張らないといけないという気持ちになりました。意識が変わりました。僕は結果で応えていきますので、支援のほどよろしくお願いします」 クラウドファンディングで集まった資金は、ボクシングに特化したパーソナルフィジカルトレーニングに活用する予定です。世界での戦いを見据える堤選手は、まだまだもっと強くなります。 (取材・制作:4years.編集部)

日本人初の世界選手権優勝へ! 悔しさをバネに、もっともっと強くなる

高校生の時から全日本制覇

地元アスリート応援プログラム

生まれ育った千葉県千葉市にある実家の一室には、拳ひとつで手に入れた賞状やトロフィーが数え切れないほど並んでいます。東洋大学4年生の堤駿斗(はやと)選手(千葉県出身)は、部屋の壁を見上げながら照れ笑いを浮かべていました。

「僕の賞状と(3歳下の)弟・麗斗(れいと)の分も一緒に飾ってあります」

賞歴は華やかそのもの。日本人選手初となる2016年世界ユース選手権の金メダルをはじめ、千葉の習志野高校時代にはインターハイ(2年、3年)、国体(1年、3年)、選抜大会(1年、2年)と高校6冠を達成。17年全日本選手権では現WBA、IBF世界バンタム級王者の井上尚弥選手以来となる高校生チャンピオンとなりました。東洋大学に進学後も19年の全日本選手権を制覇するなど、いまなお日本期待のホープとして注目されています。

エリート街道を突き進んでいる競技人生ですが、本人は“エリート”という言葉に首をかしげます。

「高校に入学するまでは、うまくいかないことの方が多かったので。連勝したかと思えば、ふと負けたり……。自分ではそこまで注目される選手ではないと思っていました。気持ちは少し複雑でした」

ただ周囲の評価に浮かれることもなく、ジムでも家でも人一倍練習をこなし、黙々と努力を重ねてきました。

「僕が練習をやめてしまえば、ただの普通の選手になりますから。幼い時から半分、泣きべそかきながらやってきました」


極真空手で鍛え、ボクシングの面白さにハマり

ボクシングを始めたのは小学5年生の時です。将来のことを考え、それまで力を注いできた極真空手からの転向を決意。「格闘技でご飯を食べていきたかったので」。堤少年の目には、華々しいプロの世界が存在するボクシングが魅力的に見えたのです。自宅近くのジムの門をたたくと、競技の魅力に瞬く間に取りつかれます。


小5の時に極真空手からボクシングに転向しました


「ボクシングは技術の駆け引きが多いんです。相手の攻撃をかわしつつ、自分も攻撃していかないといけません。そこに面白さを感じました」

父親は野球経験者でしたが、選手生命を長くするために貴重な助言をくれました。「まずパンチをもらわないこと」。同じ打撃系の格闘技でも極真空手とは勝手が違います。パンチを受けて打つのではなく、かわして打つことをずっと心がけてきました。ディフェンスに定評のある堤選手のスタイルをつくったのはトレーナーの指導もありますが、父の教えも大きく影響していると言います。


「千葉の名前を世界中に広めたい」

東洋大学に通う今も、ボクサーとしての基盤を築いた千葉への思いは強く持っています。今回の明治安田生命がアスリートを支援する「地元アスリート応援プログラム」に応募するきっかけも、地元への感謝の気持ちからです。

「生まれ育った千葉の名前を世界中に広めたいんです。一番いい結果を残すことで、お世話になった地元への恩返しをしたいと思っています」

ボクシングのイロハをたたき込んでくれた渡部浩太郎トレーナーとの出会いも千葉でした。名門の習志野高校に進んだ後も、部活終わりにジムへ足を運んでいました。中学生のころから高校3年生までずっとミットを持ってくれていた渡部トレーナーからは、多くのことを学んだと言います。また、陰で必死に勉強している姿も知っていました。

「並の努力ではなかったはずです。トレーナーのあの姿を見て、僕はまだまだ努力が足りないと思いました」

千葉で過ごした日々は、堤選手の原点と言ってもいいでしょう。


千葉から離れた今も、千葉への感謝の気持ちを忘れていません(写真提供・善理俊哉)


千葉代表で挑んだ国体

ユニホームの背中に“千葉”の文字を背負い、大会に出場した高校時代の思い出は忘れることができません。特に県を代表して戦った国体は記憶に残っています。高校1年生の時に、初めて臨んだ夏のインターハイは決勝で僅差の判定負け。涙に暮れながら、学んだことがあります。

「誰がどう見ても、はっきりと勝ちと分かる試合をしないといけない」

悔しい敗北から2カ月後。10月の国体決勝では、インターハイで後塵(こうじん)を拝した日章学園高校(宮崎)の井上彪選手に明確な判定勝ちを収めました。

「個人的にも2カ月前に負けていたので、すっきりしました。千葉の代表として国体に出場し、応援してもらえたこともうれしかったですね」

3年生の時には絶対的な優勝候補として国体に出場し、重圧を物ともせずに2年ぶりの大会制覇。少年の部として出場する最後の国体で有終の美を飾りました。千葉県代表チームとして活動した時間はかけがえのないものになっています。

「合宿はきつかったですけど、チームメートと一緒に乗り越えて、大会でいい結果を残せたので思い出深いです」


夢の舞台に挑めない悔しさ、それでも前へ

21年6月には、4年に1度の国際大会への出場権をかけたフェザー(57kg)級の世界最終予選が開催される予定でしたが、新型コロナウイルスの影響を受けて中止になりました。この大会に全てをかけてきた堤選手は何も考えられなくなり、気持ちが塞いだ日々を過ごしていました。そんな時に支えてくれたのは家族でした。「ボクシング生活はまだまだ続くので、ここで落ち込んでいてはいけないなと思いました」

堤選手は「地元アスリート応援プログラム」の前身である「次世代トップアスリート応援プロジェクト~めざせ世界大会~」で16年から支援を受けています。20年にプログラムの一環で実施したクラウドファンディングでは、多くの人から4年に1度の国際大会に向けてのエールを送ってもらいました。その思いに応えられなかった悔しさ、申し訳なさはずっと胸にあります。だからこそ、自分は結果で恩返しをしたいと考えています。

目標は21年11月に開催予定の世界選手権。堤選手はこれまでも世界選手権に出場するチャンスはありましたが、けがが重なったこともあり、今回が初挑戦になる見通しです。「まだ日本人が優勝したことがない大会なので、そこでしっかり優勝したいなと思っています」。世界ユース選手権に続く「日本人初」を狙っています。


砂浜で足腰を鍛え、ボクシングの感覚にも変化

20年の年末には弟・麗斗選手とともに、初めて本格的な砂浜での走り込みに取り組みました。お世話になっているフィジカルトレーナーから「ボクサーに必要な筋肉が鍛えられるよ」と言われたことがきっかけで、メニューもトレーナーに作ってもらいました。その効果を堤選手も実感しています。「足腰が強くなったのか、ボクシングをした感覚もいいんです」。21年は大学ラストイヤーでもあります。最上級生として日本一を目指す後輩たちに背中を見せていきます。


フィジカルを鍛え直し、世界の舞台に立てる日を心待ちにしています


21年の大会もこれからどうなるか見えないところはありますが、だからこそボクシングができることに感謝し、みなさんの応援に結果で応えたいと考えています。

「今までは自分のためにボクシングをしていましたが、応援してもらう人たちのためにも頑張らないといけないという気持ちになりました。意識が変わりました。僕は結果で応えていきますので、支援のほどよろしくお願いします」

クラウドファンディングで集まった資金は、ボクシングに特化したパーソナルフィジカルトレーニングに活用する予定です。世界での戦いを見据える堤選手は、まだまだもっと強くなります。

(取材・制作:4years.編集部)


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  • 支援者

    10

  • 残り期間

    127

  • 集まっている金額

    159,000

    目標金額:600,000

  • 達成率26%

    26%

このプロジェクトでは、目標到達に関わらず、2022年02月28日23:59までに集まった金額がファンディングされます。

起案者

実行者イメージ

堤駿斗(明治安田生命・地元アスリート応援プログラム2021)

明治安田生命「地元の元気プロジェクト」の ... 一環として、地元の若手アスリートを地域社会とともに応援することで、地域の一体感醸成や地域で育つ子どもたちの夢や地元愛を育むことへの貢献を目的とします。
当制度を通じて、出身地や活動拠点地域など、サポートを受ける「地元」に対して貢献したいというアスリートの活動を支援します。
  • 1,000

    お礼のメール

    リターン

      感謝の気持ちを込めて、お礼のメールをお送りします。

    支援者の数 2

  • 5,000

    お礼のお手紙

    リターン

      感謝の気持ちを込めて、お礼のお手紙をお送りします。

    支援者の数 1

    お届け予定:2022年4月

  • 10,000

    サイン色紙+お礼のお手紙

    リターン

      感謝の気持ちを込めて、選手直筆のサイン色紙とお礼のお手紙をお送りします。

    支援者の数 3

    お届け予定:2022年4月

  • 20,000

    サイン色紙+お礼のお手紙+オリジナルステッカー

    リターン

      感謝の気持ちを込めて、選手直筆のサイン色紙とお礼のお手紙、プロジェクトのオリジナルステッカーをお送りします。

    支援者の数 4

    お届け予定:2022年4月

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