沖縄の戦没者の遺骨収集と、遺族への遺留品及び当時の手紙を返還する活動

お手紙の返還と大学生(田崎汐莉)の所感です

  • Vol.55
  • 2019年09月23日 14時08分

大学2年の田崎汐莉と申します。

2019年7月下旬から8月上旬にかけて実施した、北海道でのお手紙返還活動に参加させて戴きました。
多くのご遺族宅にお邪魔しましたが、今回は、沖縄で戦没された太田宅次郎さんの息子や娘さんを訪ねたときの所感を綴ります。

お返しできたお手紙は、太田宅次郎さんの奥様である太田梅野さんが、伊藤大隊長へ宛てたもの。

受け取って下さったのは、太田宅次郎さんの長男・孝次さん(81)、長女・初枝さん(82)、次女・千恵子さん(76)とそのご家族です。



まず、お手紙を返還し、梅野さんの想いを込めながら私が朗読しました。色褪せた便せんに目を落としながら、静かに聴き入る3人の子どもたち。読み終えた後、宅次郎さんの戦死状況などを説明すると、ご遺族の表情が徐々に変化して行くのが印象的でした。


私たちの報告を、年齢が最も若い千恵子さんが朗らかに受け答えして下さいます。が、最高齢の長女・初枝さんは、体調がすぐれなかったのか、伏し目がちに私たちの言葉を聞いていました。


そこで、「宅次郎さんは、どのような方でしたか」と聞いてみました。すると、終戦当時3歳で父の記憶がない千恵子さんに代わって、初枝さんが堰を切ったようにたくさんの思い出話をして下さるのです。


家の床が水浸しになったときに、積み上げた畳の上に子供たちを乗せてくれたことだったり、宅次郎さんが大切にしていた鉄道の本を初枝さんが間違った場所にしまったときに酷く怒られたことだったり。少女のようなキラキラした目で語られます。


また、長男である孝次さんは、宅次郎さんと一緒にスキーをした話を披露されました。明るく、快活で、仲間が大勢訪ねてくる社交的な父が大好きだった、と振り返られます。

この活動に参加して、ご遺族とお会いし、亡くなった家族のことを聞くと、「今までこんなに話したことはなかった」「戦没者の事はあまり教えられていないので、わからない」という言葉をよく耳にしました。

父親や兄弟、親類が戦争で亡くなったのに、その話題を戦後、取り上げることはほとんどなかった、というご遺族が多かったのです。

それは、私にとって衝撃でした。
自分の身内を戦争で亡くしたなれば、他人事でなく自分の事として捉えているのではないか。ゆえにご遺族たちは、戦争という言葉に対して意識が高い方ばかりだろうと、勝手に思い込んでいたからです。

ただ考えてみれば、その状況は当然のことかもしれないと感じるようになりました。 戦没者の奥様やご兄弟など、故人を深く知る人であるほど、思い出話などが出来なくなってしまう。思い出すことが、大切な人を亡くした悲しみや苦しい体験を想起させることになってしまうからです。


また、戦没者をあまり覚えていないご遺族にとって、祖父母や母親、親類らに当時のことを聞き出すことが難しかったのでは、と考えられます。その理由は、戦争で亡くなった親族を知りたいという好奇心、人間が殺しあったという重いトピックを体験者に切り出す勇気、辛い経験を思い出させて相手を傷つけてしまう恐れを振り切る覚悟、を持って臨むことが簡単ではないからです。


そして、誰にも辛い体験をした家族を思いやる気持ちがあるはずです。そして、家庭の状況や自分の好奇心などを天秤にかけて、「まぁ、今すぐに聞かなくてもいいかな」と後回しにされた方も多かったのではないでしょうか。あくまで憶測ですが…


だからこそ、宅次郎さんの話題で盛り上がるなか、初枝さんが次第に喜々とした表情に変わっていったことが印象に残ったのです。孝次さんや千恵子さんと共に父親の思い出を懐かしむ様子をみて、お手紙をお届けできてほんとうに良かったと感じました。そして、戦没者を思い出し、語り合える場を設けることが、この活動の意義のひとつでもあると気づかされたのです。


●太田梅野さんから伊東大隊長へのお手紙

拝啓 御書面、有難く拝見申し上げます。開戦以来、出征将兵の方々には、異郷の地にて、食うに食なく、水と草とに貴い生命を授け(さずけ)、銃を枕の数々ならぬご苦労を、私達は映画に新聞にと何度か見聞いたし、ただただ感謝感激のほかはありません。

愚夫(おっと)応召以来、老母と幼い子供を抱え、何としたらと案じられましたが、隣人のお情けにより、今日(こんにち)まで大過なく、家庭を守り、ひたすら愚夫(おっと)の武運長久を祈り申し上げておりました。すると、昨年三月末日、沖縄より電報為替により送金があり、不思議だと思っておりましたところ、数日にて、沖縄作戦の発表がありました。

夫の働きが走馬燈の如く目前に浮かび、勲功を家人と語り合っていましたが、数日後、沖縄作戦に利あらず、の報に何かと案じておりました。

八月十五日、終戦の報に接し、出征将兵の方々の奮闘も、私達の苦労も水泡に終わり、一同悔し涙を絞りました。

沖縄へ送った夫も、討死(うちじに)したのではないか、と案じられましたが、多数の復員軍人を見るにつけても、もしや、と胸を轟(とどろ)かせた事が何度かありました。これも女の未練とお笑いください。

沖縄より復員の方々をお尋ねいたしましたが、確たる報がなく、案じられ、一同心痛いたしておりましたので、貴官よりの報に接し、安堵つかまつりました。夫の生命は、もとより国家に捧げたものと覚悟いたしておりましたが、今となっては、まったく残念に思われてなりません。

さぞかし夫は、何かと貴官はじめ戦友の方々の厄介に相成りました事と思いますが、一死報国の心に免じ、ご容赦下されたく存じます。

水漬く屍(かばね)草むす屍の例のごとく、出征の折、残されましたる頭髪のみにて、心細く思っておりましたが、沖縄の土砂(つちすな)、ご送付くだされたので、永久の形見として保存し、記念といたします。

ご貴官お望みの写真一葉、同封つかまつりましたので、ご受納くだされたく思います。なお、今後も公私ともに、宜しくお願い申し上げます。乱筆ながら、とりあえずお返事まで。 草々 

                              昭和21年5月26日 太田梅野 伊東孝一殿

太田宅次郎さん 歩兵第32連隊第一機関銃中隊に所属

5月3日~4日、西原町幸地と首里石嶺町の境にある146高地で戦没されました。ご遺族にお伝えした、戦死した当時の状況です。生き残りの兵士や日米両軍の資料などを参考に、憶測を交えて報告しました。

伊東大隊は、米軍に占領された146高地を奪還する戦いに4月30日から臨みます。夜襲を掛けて一度は奪い返しますが、敵の攻撃も激しく、歩兵を伴った戦車が、高地を守備する大隊に襲い掛かります。

この時、隣の120高地を同24師団の89連隊が奪還する予定だったのですが、攻撃に失敗して、後退。その戦況を連隊長が師団司令部へ曖昧な報告をしたために、同高地に残った米軍の存在を知らされなかった伊東大隊が不意打ちのような攻撃を受けて、苦戦を強いられた、と記録されています。

大隊は日本軍の反転攻勢のために、この後、棚原高地へ転戦させられます。太田宅次郎さんが所属した第一機関銃中隊は、前進する歩兵中隊を援護する形で120高地と146高地の間にある低地で敵中突破を計ります。が、予期せぬ形で高地に残存していた米軍とぶつかる形になり、激しい銃撃戦の末、そこで宅次郎さんは戦死されたようです。

その時の様子を同機関銃中隊の生き残りである、浦河町の笹島繁勝さんが話してくださいました。米軍の攻撃で、足のふくらはぎや足首を負傷した宅次郎さんが、這いながら散兵壕へ逃げ込んで来られました。ひと目見て助かりそうにない傷。「笹島、殺してくれ、ひとおもいに殺してくれっ」と叫びます。躊躇していると、腰にぶら下げた手りゅう弾にまで手を伸ばしてくる始末。

最前線の兵士は医薬品を所持しておらず、野戦病院へ連れて行くにも、壕から身を乗りだした途端に集中砲火を浴びます。「こんなに苦しんでいるのならば、殺してやろうか‥」と、笹島さんは手りゅう弾を握り締めたそうです。が、満州から行動を共にしてきた同郷の戦友は兄弟以上の存在。涙を呑んでその場を後にされます。「辛くて、辛くて、一生忘れられない瞬間だった」と目頭を押さえられました。

終戦後、捕虜になった笹島さんは、戦友の遺骨を探すため米兵に頼み込んで、146高地周辺を歩かれました。そこで、二人分の遺骨を見つけ、持ち帰られます。復員後、ご遺族の元へ届けられましたが、宅次郎さんの遺骨は見つけられなかったそうです。大勢の日本兵がその近辺で亡くなっていたため、見覚えのある装備をつけていたり、場所が特徴的であったりしないと、誰の遺骸かわからなくなっていた、と話されます。

笹島さんは、戦場で宅次郎さんを助けられなかったことを今も後悔されています。そして、お骨を見つけられなかったのも。ご遺族へは、謝罪の言葉とくれぐれもよろしくお伝えください、と承っています。激戦地だった146高地付近は、丘の一部が削られて、現在、老人福祉施設や病院が立ち並んでいます。外観からは、激しい戦闘があった面影は見られませんが、付近に点在する洞窟や岩の割れ目には、今も遺骨や不発弾が残っており、戦争の傷跡は癒えていません。

  • 支援者

    129

  • 残り期間

    0

  • 集まっている金額

    1,700,000

    (達成) 目標金額:1,200,000

  • 達成率141%

    FUNDED!

2019年01月28日23:59に終了しました。

支援期間終了

起案者

実行者イメージ

みらいを紡ぐボランティア

私たちの会は、アジア・太平洋戦争で戦没さ ... れた兵士や民間人の遺骨を探し出して慰霊すると共に、遺留品などの持ち主を特定して、ご遺族へ返還する活動を実施する団体です。戦争による悲劇を二度と繰り返さないために、戦争体験者から聞き取った当時の様子や個人の心情を、調査、記録することで、若者たちに「歴史の事実」を継承する取り組みも続けています。
 また、過疎による人口の減少に苦しむ地域で、都会の若者が地方の高齢者や子供たちと交流しながら、地域おこしや環境保全、伝統芸能の継承に繋げて行く試みも行っています。活動の主体は、首都圏や関西圏などの大学に通う学生たちが担っています。
  • 1,000

    お礼のメッセージ

    リターン

      ●遺族の方々、伊東大隊長、学生達からのお礼のメッセージ
      ●支援者限定の活動報告の配信

    支援者の数 21

    お届け予定:2019年5月

    支援期間終了

  • 残り177枚

    3,000

    お礼メッセージと琉球ガラスをあしらったブックマーク

    リターン

      ●お礼のメッセージ
      ●支援者限定の活動報告の配信
      ●琉球ガラスをあしらったブックマーク1点
      琉球ガラスの破片を大学生や過疎地域の子供たちがデザインを考えて製作した、手作りの品です。
      ガラスの色は30種類程あり、大きさやデザインも1つとして同じものはございません。
      お選び頂けませんのでご了承ください。

    支援者の数 23

    お届け予定:2019年5月

    支援期間終了

  • 残り63枚

    5,000

    お礼メッセージ、琉球ガラスをあしらったブックマークとアクセサリー

    リターン

      ●お礼のメッセージ
      ●支援者限定の活動報告の配信
      ●琉球ガラスをあしらったブックマーク1点
      琉球ガラスの破片を大学生や過疎地域の子供たちがデザインを考えて製作した、手作りの品です。
      ガラスの色は30種類あり、大きさやデザインも1つとして同じものはございません。
      お選び頂けませんのでご了承ください。
      ●琉球ガラスをあしらったアクセサリー1点
      ブローチ、ストラップ、ヘアゴム、ネクタイピンから1点、ご希望をコメント欄へお書きください。記載なき場合はこちらで選びます。ガラスの色や大きさ、デザインはお選び頂けません。

    支援者の数 37

    お届け予定:2019年5月

    支援期間終了

  • 残り19枚

    10,000

    お礼メッセージ、琉球ガラスをあしらったブックマーク、ノベルティグッズ

    リターン

      ●お礼のメッセージ
      ●支援者限定の活動報告の配信
      ●琉球ガラスをあしらったブックマーク1点
      琉球ガラスの破片を大学生や過疎地域の子供たちがデザインを考えて製作した、手作りの品です。
      ガラスの色は30種類程、大きさ、デザインも1つとして同じものはございません。お選び頂く事は出来ませんのでご了承ください。
      ●みらいを紡ぐボランティアのノベルティグッズ・Tシャツ1点
      現在製作中です。
      色は「赤・紺・黒・黄」から選べます。サイズもSから3L以上までお作り出来ますので、お好みのものをコメント欄へご記載ください。記載なき場合はこちらで選びます。
      ※前面には、みらいを紡ぐボランティアロゴ(カラーではなく白抜きでプリント)を、後面には雛の写真をプリントします。
      製造業者の都合で、デザインに多少の変更がある場合もございます。ご了承ください。

    支援者の数 31

    お届け予定:2019年5月

    支援期間終了

  • 残り3枚

    25,000

    お礼メッセージ、ブックマーク、伊東孝一著「沖縄陸戦の命運」

    リターン

      ●お礼のメッセージ
      ●支援者限定の活動報告の配信
      ●琉球ガラスをあしらったブックマーク1点
      琉球ガラスの破片を大学生や過疎地域の子供たちがデザインを考えて製作した、手作りの品です。
      ガラスの色は30種類程、大きさ、デザインも1つとして同じものはございません。お選び頂く事は出来ませんのでご了承ください。
      ●伊東孝一さんが出版された「沖縄陸戦の命運」のコピー製本版1冊

    支援者の数 17

    お届け予定:2019年5月

    支援期間終了

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